「制作者」から「ライター」へ。フリーゲーム界隈の未来を考える。
- 蔦宮巧也 | V-Moa編集長

- 20 時間前
- 読了時間: 4分
「昔はよくフリーゲームで遊んだなぁ……。」
何となくそう思う人も多いのではないかと思う。
フリーゲームに対してどんなイメージを持つかは、当然、その人次第ではあると思うが、「最近」よりも「昔」に遊んだもの・流行ったものという認識を持つ人の方が多い気がする。
かくいう私、蔦宮も、昨今のフリーゲーム界隈(と勝手に語ることにする)の事情には、実はあまり詳しくはない。
私がフリーゲームについて深く関わっていたのは、もう5年以上も前のことになる。
私にとってフリーゲームとは、「個人創作の集大成」のようなものだと思っていた。
2018年、「TOPA Creative Circulation!」というサークルを立ち上げた私は、『打ち上げ花火とコンペイトウ』という作品を世の中に出したことによってフリーゲーム界隈の制作者の1人となった。
実は、元々フリーゲーム制作者に憧れがあったわけではない。
本音を言えば、ゲーム実況者になりたかったのだ。
しかし、当時(2010年代)は、今ほど「ゲーム実況」というものが身近なものではなかった。当然、配信をする人は当時もたくさん居たのだが、まだ「誰もが配信者になれる」という環境ではなかった。
機材を持つ人も少数であったし、何より、配信文化やVTuberといったリアルタイムでスマホユーザーに手軽に届けるという方法がなかったのである。
今では考えられないが、家庭用ゲーム機にスクリーンショット機能もなかった時代のことで、あくまでゲームは個人で楽しむものというのが一般的だった。
そんな時代のゲーム実況には、1つ、大きな壁があった。
企業やゲーム制作者が「ゲーム実況配信可能か配信拒否か」を明確に明示していなかったのだ。
今の時代、多くのゲームやゲームメーカーは配信可否や規約を設定して公開していることが多い。中には「エンディングは見せないように。」、「ネタバレは控えるように。」といった条件も付くことがあるが、それでも多くのゲームは配信可能であることが多い。
しかしそれはここ数年の話であって、誰もがスマホを使って簡単に配信を実施・視聴できるようになったが故の結果である。
話を戻して、2018年当時。
そんなゲーム実況者に憧れた蔦宮少年は手元の機材で始めようかと考えた。
しかし、機材があっても配信可否がわからなかったのである。
好きな作品を視聴者と一緒に楽しみたい……。
でも、配信可能かわからないし、配信文化に対する当たりも強い……。
そんな時代背景があって、私は結局実況者となることはなかった。
そして、思った。
「自由に実況プレイできる作品を自分で創ろう!」
元々趣味で小説を書いていた私だったが、「小説よりももっと広く多くの人に楽しんでもらえるにはどうするべきか」という悩みとも重なり、フリーゲーム制作者となった。
もちろん前提条件として、「配信プレイ可能」を前面に押し出した。
そうして創られた『打ち上げ花火とコンペイトウ』を初めとする作品の数々。
ゲーム制作者という肩書きもカッコ良くて好きだった。
きっと今後はもっと簡単に、誰でもゲームを作れる時代がやってくる。企業の権利に縛られない「実況プレイ可能なフリーゲーム」はもっともっと身近になる。
私はそう本気で考えていた。
それから8年が経った今、2026年。
実際がどうなったのか。正確には私もわからない。
ただ明確に言えることは、「ゲーム業界自体」が外国企業に押され気味なこと。
ゲーム作品はどんどん大型化(多くのお金をかけて開発する作品)して、3Dは当たり前、オープンワールドこそがゲーム。という考え方も主流になってきた。
昔遊んだドット絵のゲームや、シナリオがメインのノベルゲーム・アドベンチャーゲームは随分と肩身が狭くなったのではないかと感じる。
そして何より、「企業が実況プレイの可否を公開する」ということが一般的になった。
これによって、私が考えていた
企業の権利に縛られない「実況プレイ可能なフリーゲーム」はもっともっと身近になる。
という考え方は幻想の中に終わってしまったのだ。
私はノベルゲーム制作界隈の出身だ。
久しぶりに帰ってきたこの界隈。現在の様子は以前に比べて随分大人しいように感じた。
より本質を捉えるなら、「フリーノベルゲームを好きな人」だけがこの世界に集まるような、とても閉鎖的な印象を受けてしまう。
「DS? PSP? 今日は何のゲームしようかなぁ?」
「たまにはパソコンでフリーノベルゲームでもやってみようかなぁ」
そんな感覚は、もはや海外の大型ゲームと配信文化の前に過去のものになってしまったのかもしれない。
だからこそ、私はもう一度この「フリーノベルゲーム」という随分と閉鎖的になってしまった界隈に戻って来ようと思った。
個人制作にしか出せない独特な色。
時に深くて考えさせられるシナリオ。
作り手の情熱で描かれる途方もないこだわり。
それらが無料で遊べるというお得感。
フリーゲームにしか出せない味わいを、もっと多くの人が知るべきなのである。
現代人が忘れてしまった、「効率」や「機能性」という言葉では語れない情熱。
それを多くの人に届けることが、〈フリーゲーム制作者〉から〈フリーゲームライター〉へと変わった私の、新しいコンセプトなのである。

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